街なかにカッコイイ人やカワイイ人が増えたのは、マスクが格好の一部に含まれてから加速した。マスクによって鼻から口元が覆われた顔は、目元しか見えない。顔の下半分が見えない状態。目に見えない部分、人は勝手にそれを都合よく・美化して想像するらしく、だからカッコイイ人やカワイイ人が増えた――のではなく、見え方が変わった。と言ったほうが正しいかもしれない。
………
街なかを歩いていて、タバコを吸う人を見かけた。(路上喫煙はいけません!)
その人はアスファルトにタバコを押しつけて火を消した後、排水口に吸い殻を捨てた。
排水溝に、吸い殻を捨てた。
意味ありげに二回書いてみた。もっと感情をこめて書いてみる。
その人は、街を行きかう様々な人々の両足で幾度となく踏まれただろうアスファルトにタバコの先端を擦りつける。先ほどまで火のついていたそれは煙を上げ、やがてただの塵と化した。その人は自分の手にする不要物を処理するべく、そばにあった排水溝の網目にそっと吸い殻を差し入れた。
吸い殻を排水溝に捨てる。
捨てるだけなら、そのまま地面に捨ててもいいはずなのに。排水溝という、本来は雨水などを処理するためにある場所にタバコの吸い殻を捨てる。捨てた、と思いこむ?
目に見えない場所に処理した、という思いこみが大事らしい。
10年前、SKE48というアイドルに熱中していた私は彼女たちのライブを見に行った。正確にはライブを映画館で上映したのを見に行った。SKE48は名古屋の栄を拠点に活動するアイドルグループで、栄で行われる舞台公演を見に行くチケットは中々とれない。私がライブを見に行ったのは「SKE48 3Dシネマライブ」というもので、SKE48の公演を映画館にいながら3Dで鑑賞できる、とても画期的なエンターテインメントだった。
映画館に入場する際、専用の3Dメガネが配布される。プラスチック製で左のレンズが赤色、右が青色になっている。これをかけてSKE48を見ると、彼女たちが3Dになるらしい。
スクリーンに入ると、観客は私を含めて5人程度しかいなかった。当時の私は24才、他の客はスーツ姿の中年の方しかおらず、みんな年上に見えた。バラバラに座っていて、9割以上が空席。栄にある劇場の混雑が遠い出来事に思えた。
「SKE48 3Dシネマライブ」がいよいよスタート。3Dメガネを装着する。
overtureという序曲に続き、SKE48のメンバーが画面に出てくる。おおっ!メンバーが飛び出してくる!3Dだ3D!!
(館内では3Dメガネを装着した5人ほどの大人が声も上げず、ただただ内側で興奮している)
俺の好きな松井玲奈ちゃんが、おおっ!飛び出してるー。スゴイスゴイ!
普通に映画見る料金よりだいぶ高い値段取られただけある!(2,500円だった)
3Dいい!3DE!S・K・E!
これはもう、目の前にSKE48がいる!
思いこみの力はぐんぐん増していき、俺のためだけに行われているライブは進んでいく。
(もしもこのライブが双方向で、SKE48メンバーからも映画館にいる私たち5人の3Dメガネをかけた観客が見えていたなら、彼女たちの目にはどんな風に映るんだろう。ってか、このシネマライブはそもそも録画されたライブを見ている訳で、リアルタイムのライブ鑑賞ではない)
アンコールを含めて全16曲。俺のためのライブが終わりを告げた。いやー良かった!
(秋元康が作詞した曲のみ16曲を3Dメガネかけた5人の男衆が視聴している図――動画撮影のためのカメラが頭上にあったなら、そんなタイトルでYouTubeにあがったかもしれない)
あれ?さっきまでSKE48のメンバーみんなが、俺の目の前にいたのに……。
3Dメガネを外した瞬間、魔法がとけてしまった……。
Doubt!
≪自分騙してる≫
そんな歌詞が、まだ耳の奥で響いている気がした。
思いこみの力って、凄い!