ワタシが渡った橋。
今この橋があるということは、かつてこの橋がないときがあったのだと、そんなことが過ぎりました。川を越えて行き交う人々を結ぶため、たくさんの人が汗水を流してこの橋をつくったのだと思います。
川沿いを歩いていると、青くて小さなものが並んでいました。お家?にしては固いものが使われていなさそうな……
「アンタ、何してるのー?」
えっ?
ワタシ?
ワタシに言ってるのでしょうか?
それがワタシに対して発せられた声だと気づくまで、1、2、3秒――それくらい時間がかかりました。
「ここは、オレっちの家だー」
青くて小さなものから出てきた人が、ワタシに向かって言いました。ワタシには無い色の服を着ていて、赤黒い肌をしたその人は、初めてワタシに話しかけてきた人でした。
「もしかして、あれか? テレビとか、撮影の人? オレっち知ってんだぞー。あの、ほら、『お家見せてください!』みたいなやつかー?」
いいよ見ろ見ろーと言いながら、その人はお家の中へ入っていきます。ワタシはその人についていきました。
「これがオレっちの家、通称『ブルーシート・ナチュラルホーム』だー」
「これはなー、木の枠の中に葉っぱ敷き詰めた、オレっちのベッドだー」
「この石を積み上げたやつ、これ何だかわかるかー? オレっちにもわかんねえんだー」
「そのボラは、今日の朝めしの残りだー。後でまた食べるんだー」
「ってかアンタ、カラフルだねー」
「実はこれはさー、オレっちの垢を集めたヤツなんだー。垢ためたらどうなるかなーって思ってよー」
その人は嬉しそうに、お家の中にあるものを紹介してくれま――
世界が、止まりました。
「人間の 人間による 人間のための自然」
そんな声が、どこからかワタシに向かって強く響いてきました。目の前で静止したその人が集めた垢――ブルーシートの隅に集められたそれらが喋っているような気もしました。
――あの、でも……でもそのニンゲンもまた、自然……ではないのですか?
そう言い終えた瞬間、ワタシは何十億にも分裂してしまいました。
数十憶の欠片となったワタシたちは、それぞれ色々な人間のところへ飛んでいきました。人間のもとへ辿りつくとワタシたちはワタシたちではなくなりましたし、人間が言う良いとか悪いとか、ワタシたちにはわかりませんが……今はもう少しこの人間の手のひらで過ごしてみます。
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寝る前なのに。
暗闇でカサカサと動くあの虫を私は見つけてしまった。洗面所の下の引き出しを開けて殺虫剤を探すが……見つからない。
「殺虫剤のスプレー、買ってなかったっけ?」
素手であの虫を退治するのはキビしい。
私は諦めて布団にもぐりこむ。
(布団にくるまれた私こそ虫みたいかも――自然と過ぎった。自然と?)
自分の生活する空間にあの虫がいるという現実は、私を憂鬱にさせる。
次に見かけたときは、退治してやる。
そう覚悟して、目を閉じた私はどうやって退治しようかと考えてみる。
様々な状況にあわせて17つの方法が浮かんだところで、私は眠りについた。