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【本】米澤穂信『インシテミル』感想

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「SUZUKIの車を見たらほとんど軽自動車だと思って大丈夫」学生時代、友人が運転する車の助手席でそう言われた。私の苗字は佐藤。

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■米澤穂信『インシテミル』
(2021/6/11)
※以下、ネタバレを含みますのでお気をつけください

米澤穂信による、書き下ろし作品。
映画版は未見。

ミステリー小説はあまり読んだことがない。
古典とか本格とか言われても何のことか全くわからないし、適当な作品や作家名も浮かばない。このブログの【本】カテゴリーを見ていただければわかるように、中井英夫『虚無への供物』、(ミステリーではないかもしれないが)桐野夏生『OUT』、あとは舞城王太郎と西尾維新の著作を少し読んだことがあるくらい。

なので、この感想は「空気の読めない感想書き」による感想となる。

米澤穂信の凄さ

著者の作品では『氷菓』をはじめとする「古典部シリーズ」、「小市民シリーズ」、あと『犬はどこだ』と『満願』を読んだ。私が読んだミステリーの大半は米澤穂信が占めている。
以下、著者の凄いところを3つあげたい。

ミステリーの客観視

「古典部シリーズ」や「小市民シリーズ」は青春小説であり、主人公など登場人物の成長や時間経過が感じられるつくりとなっている。また『インシテミル』などに見られるが、ミステリーでありながらミステリー的でない登場人物(視点)や状況を描いたり、「古典部シリーズ」の『愚者のエンドロール』では主人公が一度誤った推理をしたりもする。

著者のミステリーへの敬意は作品を読むたびに伝わってくる。なのに、ミステリー好きのためのミステリーに終始せず、ミステリー好き以外のためのミステリーでもある作品を書いてしまう。

ミステリー・推理小説という枠(ルール)を守りつつ、最大限にそれを拡張する試みが作品を通して伝わってくる。それは古今東西様々なミステリー作品への愛情や敬意はもちろん、(内輪ノリにならないための)冷静な眼差しと幅広い読者の想定があってこそ成せるものだと思う。

言葉の魔術師

著者の大きな特徴だが、言葉の意味の掛け合いが凄まじい。そもそもデビュー作品のタイトル『氷菓』がもうそれで、私は心の中でミーニング魔と呼んでいる。

ダブルミーニング(『氷菓』)、比喩表現(『犬はどこだ』の「犬」)、音(『愚者のエンドロール』味でしょう)、英語の意味合いなどなど。作品や章のタイトルだけでこれだけあるのに、作中にはもっと沢山の意味の掛け合いがちりばめられている。

あと『春期限定いちごタルト事件』の「おいしいココアの作り方」。トリックと推理を通してキャラクターの人物象を語ってしまうとか、マジでやばい。

著者の巧みな表現の中で、私が気がついているのはほんの一部だと思う。そこにはきっと、ミステリー好きに向けた言葉(ネタ)なんかも多くあるのだろう。

構成力

これはもう文字通りで構成が素晴らしい。
著者の作品は少し抽象的ともとれるプロローグが特徴だが、作品を読了した際にプロローグに戻って再度読んだことが何度もあった。プロローグの時点で全部言ってくれてたんじゃん!となったこともしばしば。

全てを読み終えた後に快感を与えられてしまうほど、凄まじい構成力だと思う。

『インシテミル』感想

感想というより、以下の2点について考えてみたい。(作品の序盤、あいうえお順に出てくる阿藤先生~加藤先生が何を示しているかも気にはなるが……)

関水美夜の実験参加理由

関水美夜は〈暗鬼館〉での実験において、二人の人間を殺害した。殺害と解決と助手+結城からの報酬贈与によって十億円の報酬総額を手に入れた。

関水は十億円の借金を背負っていた。
≪あたしが、ここで十億円稼がないと……。みんな、死んじゃう。何人も、何人も……」≫
関水はそう言っている。

十億円の借金。
並大抵の金額ではない。
しかも関水の年齢はわからないけれど、少年と見まがう少女、とある。大学生の結城よりも若いだろう彼女が、例えば親の倒産とかで背負う金額にしては、十億円は破格すぎる。(借金=借りた金というより、負債とかノルマと言うほうが適切なのかもしれない)

関水と結城には、共通点がある。
二人とも、銀杏が嫌いということ。
釜めしと茶碗蒸しのときにでてきた銀杏。『インシテミル』には銀杏の記述が多すぎるように思う。

以下の文章は、イチョウのWikipediaより引用。
≪銀杏は、中毒を起こし得るもので死亡例も報告されており、摂取にあたっては一定の配慮を要する。≫

死亡することもある。
まるで、〈暗鬼館〉の実験のようでもある。

これは2.の結城理久彦は〈明鏡庭〉実験に参加するかにも関わるが、結城には〈暗鬼館〉での実験終了後、須和名祥子から別の実験のお誘いがくる。

銀杏を嫌いつつも、銀杏から逃れられない者。実験に参加し続ける運命にある人間、それが関口美夜と結城理久彦。

関水の十億円の負債。
それは、彼女が以前参加した(もしくはさせられた)実験によるものだと思う。関水は〈暗鬼館〉実験の最中でさえ、別の実験の渦中にいたのだろう。

あと、関水の下の名前。
美しい夜と書く。
美しい〈夜〉。
美〈夜〉。

〈暗鬼館〉での殺人タイムに輝く名前は、初めから彼女が真犯人であることを示していたような気がしてならない。

結城理久彦は〈明鏡庭〉実験に参加するか

主人公の結城は〈暗鬼館〉実験の主催者を嫌った。彼は主催者ができるだけ望まないような行動をとっていた。しかし、結城は実験の中で探偵ボーナスを得たうえ、関水が二人の人間を殺害した犯人である真相に辿りつき、しかも関水に報酬のほとんどを譲渡した。

1.で書いた通り、関水と結城は同じ運命におかれている。

〈暗鬼館〉実験の終了後、結城には須和名祥子からの招待状が届いた。〈明鏡庭〉実験へのお誘い。ミステリ好きの結城、彼は〈暗鬼館〉実験で真実に辿りつき快感を得てしまった。しかも、次の実験の誘いは女にモテない彼の前にかつて突然現れた美女の須和名からの招待だ。

もしかしたら、結城は馬鹿げた実験の主催者を軽蔑して〈明鏡庭〉実験の誘いを断るかもしれないが、主催者=須和名のほうがそれを許さないだろうし、ナンバープレートが黄色の軽自動車では誘い(巨大な機構)から逃れることはできないと思う。

よって、結城理久彦は新たな実験・ゲームに参加せざるをえない。


ここから先はさらに戯言になるが……。

結城理久彦という名前。
ゆうきりくひこ。
You kill, I could hit on.

「あなたは殺す、たぶん私は気づくだろう」
文法的に間違っている気もするし、こじつけすぎるだろうか。しかし、そう考えてしまうのは、著者の言葉の魔術師っぷりが凄すぎるからに違いない。

などと、色んな想像をめぐらしてしまうほど。『インシテミル』は非倫理的な内容を多分に含みつつ、非常に面白い作品だった。

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