大都市でも彷徨う人はいる。むしろ大都市だからこそだろうか。心が、身体が、高校3年生だったかつての私が、放浪している。
高校3年生の3月――無事に大学受験を終えて卒業を控える私は、友人4~5人で横浜に遊びに行った。
川崎の高校に通っていたので、川崎か横浜、少しイケてる奴なら渋谷や原宿とか都内に出て遊ぶような感じだった。
男子ばかりで映画を観て、ボーリングして、ショッピングモールなんかをまわる――三十路の今では考えられないような行動だが、当時の私たちは大学受験からの解放と卒業前の高揚感で浮かれていた。
『ローレライ』(2005年3月5日公開)という戦争関連の映画を観たのは、歴史や戦争に造詣が深い”主任”というあだ名の友人の提案だった。内容はほとんど覚えていないが、潜水艦の話で妻夫木聡が出演していたことは記憶にある。
(そういえば、中学~高校のころは窪塚洋介が出ている作品をとにかく見ている時期があった。当時のカリスマ=後の卍LINEについては、機会があれば書きたいと思う。)
”主任”は博識で話が面白く、学業だけでなく運動神経も良かった。主任というあだ名だが決して見た目が老けている訳ではなく(そのあだ名の経緯を私は知らない)、男子からも女子からも好かれる、めっちゃいい奴である。
しかし、めっちゃいい奴である主任の優しさにより、私は横浜で一人放浪することになる。
映画を観て、ボーリングして、遊びまわったしそろそろ帰るわと、4~5人だった私たちのグループは主任と私だけの二人になった。
「まだ時間大丈夫なら、俺がよく行く良い店行かない?」主任から私にそんな誘いが入った。
私の自宅は川崎にあり、当日遊んでいた中では主任だけが横浜方面に住んでいた。だからその日は、主任が先導に立って、映画館やラウンドワンなどをまわった。そんな主任がおススメするお店だから、さぞかし良い店なのだろう――主任の誘いに私は応じた。
主任「ってか、ラムタラっていう、AVとかの店なんだけどさ!」
高校生男子の話の半分以上は下ネタだ。主任や私も普段から、エロトークでよく盛り上がっていた。
初めてのラムタラは、良かった。18才を迎えたばかりの私にとって、とても刺激的で、まさしく良い店だった。
主任「近くに俺がよくAV借りる店があるんだけど、行かない?」
良い感じにエロ気分になっている私に断る理由などなかった。
主任とともに、付近のレンタルDVDショップへ行く。たしか、店の名前に「ハリウッド」と入っていた気がする。
主任と私は映画やアニメのコーナーには目もくれず、急ぎ足で18禁の表示があるのれんをくぐってAVコーナーへ。ラムタラ店内と同様、ゆっくりと作品や女優さんを見てまわる。
主任「俺、この店の会員カード持ってるから、借りたいのあったら借りていいよ」
まさに天啓だった。ラムタラでDVDを買うような金は無かったし、当時の私は何故か「18才以上はアダルトビデオをレンタルショップで借りられるが、高校生の間は借りることができない」という誤った認識を持っていたため、主任のこの言葉はガッツポーズものだった。
主任にDVDケースを渡して、AVを1枚レンタルした。当時、大人気だった蒼井そらの作品だった。
主任が代わりに借りてくれた蒼井そらのDVDを受け取る。主任にレンタル分の代金を払って、帰宅するべく横浜駅へ。主任は相鉄線、私は京急線のため駅の構内で別れた。
切符を買うため財布を出した私は、驚愕した。財布の中には10円以下の小銭しか入っていない。所持金が100円にも満たない。これでは京急川崎までの切符が買えない、帰れない。
どうしよう――とりあえず別れたばかりの主任に連絡してみる。が、電話は通じない・・・。もう相鉄線に乗ってしまったのだろうか。なんとか平静を保ちつつ、主任にメールを入れてみる。
「蒼井そらのDVD借りたら、金なくなってた(笑) 切符買えないわ」
主任は電車に乗ってすぐに眠ってしまい(それか、メールに気がつかなかったか。)このメールに対する主任からの返信は、これから始まる私の放浪が終わった後だった。
■そのときの私の所持品
・カバン(中には飲みかけのペットボトルと蒼井そらのDVD)
・財布(所持金100円未満)
・ケータイ電話(ドコモのガラケー)※
※主任にメールを送った10分後くらいに、充電が切れてしまう。当時のケータイの充電残量はたしか3段階で表示されていて、「残り1からの充電の力、マジスゲーから」とか言って、その日はあまり充電しないまま遊びに来ていた
それからの思考の流れとしては、帰るための所持金がなくてパニックになっているため、可能性を出しては「いや無理だ」と消えていく・・・。
歩いて帰れるか――こんな距離で道もわからないし、無理だ
自動販売機の下にお金が落ちてないか――何台か探ったが無く、いや無理だ
横浜駅前にいるストリートミュージシャンのように唄うしかないか――そんな度胸はない、無理だ
(自宅に電話して親に迎えに来てもらうという選択肢は無かった。怒られるのが嫌だし、蒼井そらのDVDを持っている状況がバレてしまうのをひどく恐れたからだ)
そんな風に焦って色々と考えながら、横浜駅前の雑踏を歩いていると、群衆の中で見知らぬ誰かとぶつかり、(充電が切れる少し前の)ケータイが私の手から零れ落ちた。この瞬間は、マジで泣きそうになった。BGMで山崎まさよしのOne more time, One more chanceが流れていたことだろう。
そして、私のケータイの充電が切れた・・・。
『夏の思い出がまわる ふいに消えた鼓動』
背景は全く違うし、夏の思い出に蒼井そらのDVDは含まれていないだろうが。
――これは後だから書けることで、そのときの私は焦りと哀しみでいっぱいになって、山崎まさよしの声が響くこともなかった。
途方に暮れた私は、道の端に座りこんだ。今ならヤンキーにカツアゲされても、出せるものも無いからなんも怖くないな――なんて冷笑を浮かべる余裕さえないまま、ポケットから財布を取り出して、もう一度中身を確認する。やっぱり、100円にもならない。
一応、カード類のほうを確認してみる。といっても、高校生が持っているカードなんて、地元のレンタルショップの会員カード・ブックオフのポイントカード・スポーツ用品店B&Dのポイントカード・図書館の登録カード・マックカード・・・
ん?マックカード?500円分の? これで、助かるかもしれない!
私「そこからはもう、トントン拍子でしたね。マックへ行って、買いたくもないハンバーガーをマックカードで購入しておつりをもらって。400円弱のおつりを受け取って、ハンバーガーを無理矢理お腹におさめて、で、京急線の改札に行って切符を買って帰るっていう。
え? 蒼井そらのDVDですか? 帰ってからもちろん見ましたよ。PS2で再生して。いや~良かったですよあのDVDは~」
今なら警察に相談するとか、駅員に自宅の最寄駅での支払いが可能か聞いてみるとか考えられるが、当時の私にそんな発想はなかった。
焦るなよ――そう言ってやりたい。
私がマクドナルドでアルバイトをして、よくがんばった証として限定版のマックカードを受け取ることになるのは、また数年後のお話。
かつて横浜駅で救ってくれた対象に敬意を払うため、今でもその限定版のマックカードは使わずに保存している。