人が怒られている姿を見てしまうのは、自分が怒られているのでないのに、何だか居心地の悪さを感じてしまう。
あの日、川崎のラーメン屋は怒りが溢れていた。
(どっかのデュエリストに、怒りが発生しやすいフィールド魔法をかけられていたのかもしれない。って、遊戯王カード的な発想)
ラーメン屋で案内された2階フロアには、先客と店員が1名ずついた。
その先客の顔は見えない。床に突っ伏して寝ていたから。
ラーメン屋の油に塗れた床で寝そべる客――おそらく酔っぱらいであろう客に対して、店員は何度も声をかけている。
店員「お客さーん、起きてくださーい!こんなところで寝ちゃだめですよー!」
客「・・・・・・・」
店員「お客さーん!起・き・て・く・だ・さ・いーー!」
客「・・・・・・・」
東京オリンピック誘致で話題になったフレーズo・mo・te・na・siのように、若い男の店員が叫ぶも、彼の声は床とキスをしているような状態の酔客には届かず。
「なんか、大変そうですね」なんて言いながら、私は目覚まし店員さんにラーメンを注文する。
オーダーを知らせるため、1階の厨房に向かった店員が再び2階に来ると、私にこう言った。
店員「お客さん、いま警察呼びましたので、悪いんですけど、1階で食べてもらっていいですか?(床を指しながら)このお客さん、全然起きそうにないんで」
申し訳なさそうに言う店員さん。ああ、大丈夫ですよ。と私は1階におりてカウンターの席に座る。
1階の厨房には、いつもいるおじさんの店員とアジア系の外国人店員がいた。
「何やってんだ!」おじさん店員の怒号が飛んでいる。
おじさん店員「お前それ、タレ何回分入れたんだ!? 2回か?」
外国人店員「・・・・・・・」
おじさん店員「タレ何回入れたんだって、言ってんだよ!!」
外国人店員「・・・・・・・」
おじさん店員「何か言えって、言ってんだよ!!!」
外国人店員「・・・・・・・」
おじさん店員「お前! 2回でも多いっつうのに! 2回入れたんだろ!? 2・か・い!!」
外国人店員「・・・・・・・3」
おじさん店員「あん? 何て!?」
外国人店員「3! 3回、イレタ!!」
おじさん店員「ばか野郎!!!」
少しして私のもとへラーメンが運ばれてくる。
おじさん店員が怒る要因となっている、入れ過ぎたタレについては、私のラーメンの話ではなかったのか、いつも通りラーメンはおいしかった。
新入りの「朱さん」には、がんばってもらいたい。丼にコショウを振りながら、そう思った。
私がラーメンをずるずる啜っている間に、警察官が3人、店内に入ってきた。
2階の番人と化している酔客を起こすために駆けつけてくれた警官である。
狭い店内に3人も制服の警官がいると、威圧感がある。
「お客さん、起きてー! こんなところで寝たらだめだよー!」
「起きないと、お店とか他のお客さんに迷惑でしょうが!」
「おい! 聞いてんのか!? 聞・こ・え・て・ま・す・かー」
泥のように眠る酔っぱらいに対して、警察官たちの語気は次第に荒くなる。
2階から届く怒声をBGMに、私は無心でラーメンを食らう。
店内は怒りに溢れていたが、ラーメンはおいしかった。
「ごちそうさまですー」満腹になった私が暖簾をくぐると、そこには「いかり家」の文字。
「ああー、どうりで。みんな怒ってるわけだわ」
というのは、怒りに包まれて居心地の悪さを感じた私による、ちょっとした腹いせ・脚色。