正しさについて考えるとき、思いだす出来事がある。10年以上前、アルバイト中に自分がとった行動のことだ。
学生のころに二年間ほど、地元のレンタルショップでアルバイトをしていた。DVDやCDを借りにくる様々な人たちを相手にする仕事だ。
浮浪者っぽいかた、水商売っぽいかた、ヤクザっぽいかた。(”組”の宛名で領収証を求められることも度々あり、字を間違えるのがコワかった)
神奈川県の川崎という地域柄もあり、私の勤務する夜の時間帯にはそうしたお客さんが来店することもけっこうあった。
※京急・JR川崎駅ちかくのレンタルショップではありません
自分の正しさについて、今でも思いだすのは、浮浪者っぽいかたにとった行動だ。
ある日の夜、猛烈な異臭を放つ浮浪者のような男性がレンタルショップに入店してきた。服はボロボロ、肌はなんだか黒ずんでいる。入店の直後から、彼が放つ異臭が店内へと広がっていく。
「これは…ちょっとヒドすぎるな。
佐藤くん、ちょっとあの男の人の後ろからこれ撒いてもらっていいかな」
そう言って店長は、私にファブリーズ(消臭剤)のボトルを手渡した。
異臭を放つ男は店内を見てまわっている。新作DVDコーナー、アダルトビデオコーナー、Vシネマが並ぶコーナー。男から3~4メートルくらいの距離を保ちつつ(それでも彼の臭いは凄まじかった)、虚空に向けてファブリーズを吹きかけまくる。
シュッシュッ、シュッシュッ、シュッ。
私は店長に言われたから、ファブリーズを撒く。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。
連射連射。
「コイツの臭い、不快ですよね」
「わかっています。皆さんご迷惑でしょう」
「こうして連射連射してなんとかしています」
そんな目に見えない、他のお客さんとの共感みたいなものを気にしつつ。正しい業務なんです、って姿勢で私はファブリーズを連射する。
男性は一通りゆっくり見てまわった後、何もレンタルすることなく店を去っていった。もしかしたら、会員カードを持っていなかったのかもしれない。
――今でもたまに思う。
あの行動は本当に正しかったのだろうかと。
たしかに、あの浮浪者みたいな男性はめっちゃ臭かった。当人に気づかれないよう注意してやったので、ファブリーズの連射について、あの男性は知らないままだと思う。
(アルバイトに厄介な客の対処を任せたと、店長を責めているわけではない)
(かと言ってあの客が臭いのが悪いとか、あるいは他の客がいなければとか、そういうことでもない。誰が悪いとか言いたいわけでは全くない)
たまたまレンタルショップに立ち寄って、時間をつぶしに来ただけかもしれない。もしかしたら、金も会員カードもない人で、店内に並ぶDVDを見ることで楽しんでいたのかもしれない。
男性がどうして店に来たかはわからない。
ただ、あのファブリーズの連射は、男性に気づかれていないにしても礼を失くした行いだったのではないか。そんな風に、思うことがある。
あの行動は本当に正しかったのだろうか。
正しいこと、ってのは一体ドコから見たら見えるのか。そもそも本当に正しいことなどあるのか。
解答は、ないかもしれない。
また、どうでもいいことを思いだしてしまった。