あの人は今!?というテレビ番組があった。
かつて一世を風靡した有名人の今にスポットをあてた番組である。
あの人は今!?は放送を終えたが、有名人による過去の告白・暴露話なんかは、たまにテレビやネットニュースで目にする。
最近ではかたちを変えて、「あいつ今何してる?」という有名人の同級生が今どうなっているかを紹介する番組もあったりする。
あの人は今!?――が気になる人がいる。
一人暮らしをしていたときにきた、新聞勧誘の若者だ。
今から10年ほど前、私が20代半ばのころだった。
103号室のピンポンが押されたのは。
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▶この春から一人暮らしをされるかたへ
約束した友人・宅配便・フードデリバリー……こうした自分から頼んだ以外の来客は、何かしらの勧誘がほとんどです。
契約・加入するつもりのないかたは、ピンポンに応じないことをおすすめします。
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――新聞の勧誘が来たのは冬の夕方だった。
ドアを開けると、私より若いだろう男が立っている。
若者「〇〇新聞です。お兄さん、新聞とられてますか?」
高校球児のような短い坊主頭、ヒョロ長く痩せた体躯の男性が言った。
(新聞の勧誘かよ。メンドクサイな。ってか若いなこの人)
私「新聞はとってないですけど。けっこうです」
新聞購読の意思がないことを伝える。
若者「そうですか。でもなんとか、とってもらえないですかね? 新聞!」
私「いや……大丈夫です。とりません」
若者「そこをなんとか!お願いします」
私「いやだから、とりませんって」
若者は何軒もの家をまわっているのだろう。
タフなハートで押してくる。
それを断り続ける私。
すると若者は、急に落ちこんだ様子で声のトーンを下げて言った。
若者「実はボク……新聞奨学生なんです」
(ん?新聞奨学生? 何だそれ)
若者「契約をとらないと、社長が厳しくて帰れないんです」
タフなハートからの急転換。
いきなり卑屈な態度を見せてくる若者。
私「いや、そう言われても。新聞をとる気はありませんから」
若者「お願いします。社長が………ボク、契約とらないと、あの家に……」
いつの間にか若者は泣きそうになっている。
(泣き落とし作戦か?)
私「ごめんなさい。新聞とるつもりないんで」
これ以上相手をしてマジ泣きされても困る。
そう思った私はドアを閉めて若者をシャットアウトした。
ドアスコープから覗くと、若者は肩を落としながら帰っていった。
(いやー、何だったんだアイツは。新聞奨学生なんてのがあるのか)
それから10分くらい経って、またピンポンが鳴った。
ドアを開けると、さっきの新聞奨学生の若者がいる。
(断ったよな!なんでまた来るのよ!)
若者「あのー、これ。お米。お米もってきましたんで」
若者は肩に5キロくらいの米を担いでいる。
若者「じゃあこれを。あっ、重いんで!おウチのなか入れますね――」
私「ちょっと!なに勝手に入ろうとしてるんですか!」
若者「あっ。これ。いま新聞の契約するともらえるやつです」
私「は?」
若者「契約の特典です。お米!」
私「いや……さっき断りましたよね!新聞」
若者「えっ!?」
私「マジでもう、帰ってくださいよ。迷惑だぞ」
契約を断っているのにグイグイ来る若者に対して、私はイライラしてきた。
すると若者は、何だか意味のわからない自虐的な雰囲気を放ちだした。
若者「だって……ボク、新聞奨学生で……契約とらないと、家に帰れないんです…」
(ヤバいな。話が通じないタイプのヤツだ)
若者「新聞奨学生ってホント大変で……社長が……家、帰れない…」
(おいおい。泣くなよ泣くな)
当時の私は最低賃金ギリギリ、安いボロアパートなのに給料の半分は家賃に吸い取られる身だった。
新聞奨学生のツラさはわからないが、こちとら貧乏青年やってんだ。
断固として新聞の契約を断らないといけない。
私「あなたが家に帰れないことと、俺自身が新聞を契約することは関係ありません」
そう言って、涙を流す若者を追い返した。
若者を追い返した後「新聞奨学生」をネットで検索してみる。
新聞奨学生は中々、過酷らしい…。
少し可哀そうなことをしたかな。と思った。
でも、私の生活もけっこう大変で過酷だよ。とも思った。
それにしても、新聞を購読することのメリットとかは全く説明しなかったな。
まず、商品(新聞)の良さを伝えるべきなんじゃないのか?
取れない契約を「取ってこい」とか。
それを迎える無関心な人間とか。
それが社会なのだろうか。
狭い冬のアパートで、そんなことを感じた。
――あの若者は今!?どこで何をしているのだろう。
名前も知らない、話の通じない、痩せた新聞奨学生の若者。
ノルマに追われることなく、安心して帰れる家に住めているだろうか。
あの人が今、ドアを前に卑屈な態度で涙を流していなければいい。そう思う。